七尾駅前に、自由度の高いコーヒースタンドを。
僕が店舗を構えたのは「七尾駅前通り商店街」という、いわゆるシャッター商店街だ。
七尾駅前に位置し、市街中心部(市役所や銀行、郵便局、宿泊施設や道の駅も徒歩5分圏内)であるにも関わらず、平日に歩いている人の数といえば10本の指で数えられるほどの寂しい商店街である。
昭和の良き時代には100店舗以上の商店が軒を連ねたという「商店街」は、わずか10店舗ほどを残すだけとなった。飲食店を除く「商店」は残すところ数件である。現状は、もはや商店街とは言えない。
人も店も少ない商店街でコーヒースタンドをオープンした理由を、改めて考えてみた。
駅前なのに、コーヒーをテイクアウトできなかった七尾駅前
2020年3月、新型コロナウイルスで日本中が大騒ぎとなった。
ちょうどその頃、大学を卒業して東京進出を目前に控え、いよいよ東京で自社開催の初イベントの企画をしていた頃だった。緊急事態宣言が発出され、百貨店や商業施設は軒並み営業中止となり、イベント企画はあっけなく白紙となった。
そんなコロナ禍で仕事の拠点を地元・七尾市へと戻し、しばらく状況が落ち着くまでテレワークで耐えることとした。
コロナ禍となって半年が過ぎた頃、まだまだコロナ禍が落ち着きそうもない。
一方で、自宅でのテレワークにも飽きてきたので、温泉宿に行ってみたり、カフェに行ってみたり、とにかく飽きないように場所を転々としてみたが、どうにも落ち着かない。ましてや、大きなデスクトップPCは持ち運べない(笑)
そんなわけで、「そうだ、飲み物をテイクアウトして自宅へ戻って仕事をしよう」と考えてみたが、「ちょっと、待てよ。そもそも田舎だし、テイクアウトできる店ってあるの?」と立ち止まった。
案の定、美味しいコーヒーをテイクアウトできる店は七尾駅前に無かった。
「だったら、自分で作ってしまおう。」
思い立ったが吉日、2020年冬のことである。
こだわりすぎない「美味しいカフェ」を提供すること。
企画段階にあって、はじめに意識したことは「こだわりすぎない」ことである。
こだわりは手段であって、目的ではない。個人的にはアレもコレもと言い出してしまいそうなポイントはいくつもあるが、「美味しい」と感じる品質で無駄のないこだわりにとどめておくのが肝要であると思う。
ショップのテーマは「フランスの香り」
カフェの運営にあたっては、フランスで日常的に飲まれているエスプレッソ「だけ」をとにかく美味しい状態で提供することを考えた。七尾市にはスタバもなければエスプレッソを中心に提供するカフェもない。
個人的な思いとしては、フランス留学のときにエスプレッソの美味しさを知り、酸味の少ない深煎りの濃厚なカフェ文化に魅了された。そこで、まだエスプレッソを飲む文化のない七尾市で、本格的なエスプレッソを提供しようと考えた。
悩みに悩んだ挙句、最大公約数的な最高のエスプレッソを生み出すために用意した要素である。エスプレッソマシンはスイス製「JURA」、珈琲豆は「豆香洞コーヒーのマンデリン」、砂糖はフランス名産「ラ・ペルーシュ」、そして、最高の浄活水を使用している。ちなみに、食器はイタリア製「ipa(イパ)」とフランス製「ピリヴィッツ(PILIVUYT)」だ。
このようなグローバル基準で品質が高いものを組み合わせることは簡単ではなかったが、僕が目指しているのは「フランスの香り」を楽しめるカフェであること。それは日常に溶け込む香りである。今だに、フランス語学校の帰り道にふらっと立ち寄ったボルドーの街中のカフェの香りが忘れられない。
そんなカフェが、街にひとつくらいあっても良いと思う。
静かな商店街で、質の高いコミュニケーションを生み出す。
フランスではカフェという社交場でいくつもの面白い出会いが生まれる場面があった。
都会では流動的なコミュニティーが多く、脆く薄弱な人間関係の上に成り立っていることが多いように感じる。一方で、地方では当たり前のようにコミュニティーの人間関係が数年、数十年の単位で変化しない。そのため、自らが既存コミュニティーの中に飛び込むしか人間関係を構築する手段がない。
コーヒースタンドを作るにあたって、そのような既存コミュニティーの枠に囚われないオープンなコミュニティーを生み出せる場所となるよう考えた。
そこで考えたのが、昭和のたばこ屋さんスタイルの受け渡し窓とテラス席である。これは、「外と中の境界線」を曖昧にすることによって、コミュニケーションが活発になることを意図したものである。
従来の日本文化でも、例えば縁側など「外と中の境界線」を曖昧にする文化が存在する。南フランスでは、ミシュラン星付きレストランでさえ屋外のテラス席で食事することを勧められる。
オープンでポジティブな店舗づくりこそ、オープンマインドなコミュニケーションを生み出すのではないだろうか、と最近は感じている。
「駅前」は、人が少なくてもポジティブな要素である。
人が少なくなっても、駅前の良さは変わらない。
「七尾では車がないと生活できない」と言われるほど、市街地は空洞化している。ちょっと買い物に行くにも車に乗るのが普通で、もしかしたらコンビニに行くにも車がないと不便という地域すらあるかもしれない。
そんな七尾市でも、市役所や商工会議所をはじめ、銀行や郵便局など重要なインフラサービスや行政機関が駅前に集中しているので、起業してみると意外にも駅前の便利さを実感することがある。
駅を利用する観光客だけでなく、そのような企業人たちが集まりやすい。
何より自分達が駅を利用する際に、とても便利である。特に七尾駅は特急が停車するので、大阪まで乗り換えずに直行できる。
そして、七尾駅前は電車、バス、タクシー、駐車場など交通の要所でもあるため、人の動きも多い。自然と新しい交流が生まれやすい空間であると言える。それは、人が少なくなっても変わりない。「駅前」という言葉には、そういった文化が含まれている。
実際に、オープンから9ヶ月が過ぎて、本当に新しい交流が生まれているから面白い。当初は想像していなかったような展開にも繋がっているように思う。
このコーヒースタンドを設立するにあたって、最も大切にしたことがある。
「老若男女、地元民も移住者も観光客も、どんな人でも立ち寄りやすいコーヒースタンド」をつくろう。「#七尾」という共通項で繋がる、ポジティブな希望を持つ全ての人たちのために。